2-5. 教師に求める知識

おそらく、この時代に一番戸惑っているのは現場の教師かも知れない。
これは、前項でも述べたがテクノロジーの進化があまりにも速すぎて、ついてゆけないのが現状であろう。
逆に、柔軟な知識吸収力をもつ、子供たちの方がデバイスを自由に活用し、そして自分たちの世界にうまく取り入れているのが現実かもしれない。
家庭用ゲーム機で育った、現代の若者にマルチメディアで知識の差が出るのは、当然のことである。しかし、教育者が積極的に参加することは、非常に大切であると思う。多くの中学校で見られた、「情報」は技術の教師だけに任せておけばいいという風潮では、その内容は極めて限定されたものになっていってしまう。アナログ時代に育った教師たちはコンピュータをブラックボックスとして扱い、構造や構成には立ち入る必要はないが、情報化や記号化、また情報社会と人間の関係などの理解は必要である。
最近、未成年者による殺人などの凶悪事件が多くなったことから、メディアの規制に関する議論がさかんに報道されています。たとえば、出会い系サイトで、知り合った二人がトラブルに巻き込まれてしまう。
ネット上で劇薬を売り、購入者は自殺、サイト管理者が自殺幇助罪で逮捕される例など、いくらでも目にすることが出来るが、世の中の有害な情報に対して大人に守ってもらうしかすべのない、無力な子ども像が浮かび上がってくる。
これは、ネットで起こる事件ではなく、紛れもなく現実社会で起きる事件なのである。
この点は、今までの教育範囲で十分指導が出来るはずであるが、インターネットを媒体とした事件・事故に対しては、まさに対岸の火災視すると言った感がする。またなぜ子供たちがそのような情報に興味を示すかは理解が必要であって、ただ規制をすれば良いというわけではない。
情報は道具であり、道具の使い方を教えるのは、親や教師の役割で、現在ネット社会で起きていることを知る義務はあると思う。
