参考文献
[1] 意識通信 ドリーム・ナヴィゲーターの誕生
森岡正博 筑摩書房 1993
[2] 岩波講座現代社会学22 メディアと情報化の社会学
岩波書店 1996
[3] 「The Global Market Forecast for Internet Usage and Commerce」
IDC(International Data Corp.) http://www.idc.com/
[4] Children Software.com社http://www.childrensoftware.com/
[5] 平成12年版郵政省通信白書
あとがき
『時は金なり』 時間は限られた資源、大事に使わなければならない、という意味が、最近では解釈が変わり、効率化こそがすべてと言う意味合いに変わっている気がする。
確かに無駄なものは切り捨て、テキパキと仕事をこなす人間こそが、評価の対象なのであろう。
コンピュータのはそのような人の価値から生まれてきた、非常に大きな発明だと思う。 この世に電子計算機が登場して、半世紀。 コンピュータは毎日のように進化し、最近では個人でも非常に性能の高いコンピュータを安価で手に入れる事が出来るようになってきた。
処理能力が高くなり、同じ仕事をするのに大幅な時間短縮につながり、時間に余裕が出来ましたが、その時間が心の余裕に使われることはありませんでした。
人々は、さらに効率の良い方法で多くの処理を求め、ついには時間の尺度までもかえてしまったようである。
しかし、人間には時間優先の環境に合わない人が当然いるわけで、その人々にとっては、非常に住み難い世の中になってきているのも事実である。
今の世の中を見ていると、その適合できない人が起こす事件が目に付くようになってきた。 オウムを始めとする、カルト集団はシンクタンクとも呼べる、知識者の集まりでもありました。
逆に言えば、世の中のテンポについてゆけないがために、その人々の受け皿がなく、そのようなカルトにははまってしまったとも言え、その人に実力がないわけでは決してありません。
教育をすべての人に適応させることは、難しい話でありますが、適応できない人を落ちこぼれとするような風潮は問題があると強く感じる。
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落ちこぼれとはなにか? 人間のごみではないであろう。 私がそもそもこのテーマで、研究を始めたきっかけは、ホームページの開設であった。
私のホームページは、ネット上のさまざまな問題をテーマにしたサイトで、2年間で100万アクセスを超えるサイトに成長した。
そこには、さまざまな出会いがあり、日に数十件の相談が寄せられる日もあった。
またこのレポートの中にも登場するネット依存症の方も多く、相談内容はコンピュータの事だけには終らなかった。
もともと、インターネット依存症になる方は、家庭に問題を抱えている方が多く、また嗜癖問題は、それを持っている本人も、周りの人も、問題の存在を認めたがらないので、なかなか問題が、外に出ることはなかった。
しかし、インターネットは、幸いにも顔を見合すコミュニケーションではないので、時間をかけて、話をしていると、多くの方が心を開き、問題を話し始めることが多くあった。
いわゆる『ひきこもり』と呼ばれる方も、ネット上では生き生きと活動しており、私のところにも、何回となくメールを投稿してきた。
私はホームページから得た、皆さんからの声はネット社会の今を示すものであり、貴重なデータである。
次号のレポートで、『ひきこもり』については詳しく述べたいと思うが、インターネットが彼らの役に立っていることは事実である。
人類の二大発明は、『宗教』、と『法律』言う人がいる。 いずれも、人々から不安や苦しみを取り除く、癒しの元祖と言っても良いと思う。
インターネットは、それに並ぶ発明だと私は感じており、使い方を間違わなければ、人々を救う、大変便利な道具であると共に、人々を救うデバイスになりつつあるであろう。
しかし、インターネットは成長過程にあり、問題点も次々と報告されている。
私は、この便利なツールを正しく使っていただくため、定期的にこのようなレポートを発表していく予定である。